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有卦(うけ)

暦にまつわる縁起もの・吉凶占いのような俗信というと、今日では大安などの六曜や厄年などがありますが、江戸時代は「有卦」というものが広く信じられていました。

有卦とは、幸運の時期と不運の時期が十二年の周期で繰り返すという考え方で、前者を「有卦」、後者を「無卦」といいます。
今日ではあまり馴染みのない有卦ですが、江戸の当時、特に江戸後期から明治にかけてはたいへん盛んで、「有卦絵」という有卦に関する浮世絵がこの時期に沢山作られました。
誰かがこの有卦の時期に入ると、たいへんおめでたいこととして盛大にお祝いが行われ、とくに「福」を表す「ふ」の字が頭につくものを贈るのが良いとされました。


▲クリックで拡大:有卦絵1/当サイト所蔵


上の絵では縁起のよいものとして、ふじの花、ふんどう、ふくさ、ふくろ、ふえ、ふじの山、ふね など、全て「ふ」のつくものが描かれています。


▲クリックで拡大:有卦絵2/当サイト所蔵


こちらは福禄寿、ふじむすめ、ふくすけ、福女(おたふく)。


有卦は生まれ年の十干十二支をベースにしたもので、まず木性、火性、土性、水性、金性の5つに分類され、木性なら酉の年、酉の月、酉の日、酉の刻から七年間は有卦に入ってその後の5年間は無卦。
火性の人は同じく子の年から、金性は卯年、土性と水性の人は午年からという具合に、三年ごとに有卦入りがあるルールとなっています。

丙午(ひのえうま)

有卦と同様、十干十二支をベースにした俗信として有名なのが「丙午」です。
丙午の年に生まれた女性は災いをもたらす、として忌み嫌われましたが、実はいつごろからこの俗信が始まったのか、明確な根拠はよくわからないそうです。

また、丙午を陰陽五行説に照らすと、丙は「火の兄(え)」で火性、午も火性であることから、火災の災いにつながるとのことで、これが「八百屋お七」の話とくっついてますます丙午生まれが悪者扱いされるようになってしまったようです。


▲江戸名所図会・八百屋お七/当サイト所蔵


丙午が嫌われるあまり、子供の間引きなどまで行われるようになったため、そういった過剰な反応を戒める浮世絵も作られました。


▲丙午歳子を産の辯/当サイト所蔵

土用の丑(どようのうし)

土用の丑の日には鰻を食べる、というのが昔からすっかり定着していて、平賀源内がこれを広めたという俗説もありますが、正確なところはよく分かっていません。
ところで「土用」というのは季節を区分する二十四節気に基づくもので、春夏秋冬、年に四回の土用があります。
今日では「夏の土用」しか知られていませんが、実際には「春の土用」「秋の土用」などもあるわけです。

同様に、「節分」も四季を区切る目安なので、これも春夏秋冬、四回の節分があるのですが、いまは立春前日の節分だけが風習として残っていますね。これは、旧暦ではこの立春を年の変わり目、つまり正月と考えて祝ったことの名残と考えられます。

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